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東京奠都の詔

「詔勅」(みことのり)を勉強中の立場にとっては、
大変興味深いニュースです♪

毎日新聞のWEBニュースで紹介されています。
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20100517k0000m040106000c.html

東京遷都の端緒となる、明治天皇の詔書「東京奠都の詔」の
作成過程を示す史料が広島県内の美術館に保管されていることが
昨日(16日) 明らかになりました。

この詔は1868(明治元)年に宣布されました。

天皇が政務にあたることを述べると同時に、
『江戸は今後「東京」と称し、その地に自らが臨んで統治する』という
内容です。東京に新たに都を定める奠都を示されたものです。
このことで、京都と二都制となり東京遷都の端緒となりました。

調査に携わった奈良大学教授・佐々木克氏は、
「詔がどのようにして作られたのか初めてわかる重要な史料」と述べています。

佐々木教授は、
広島県廿日市市の「海の見える杜美術館」所蔵の
岩倉具視関連文広島県内書を調査。
後年に文書類を表装した巻物から「東京奠都の詔」の草案と、
新政府閣僚に同案への意見を求める回覧文書を見つけた。
公家や藩主から選ばれた議定だけでなく、
後藤象二郎ら藩士出身の参与の名も回覧先となっており、
作成過程で意見を出す機会があったことが判明した。
            (毎日新聞より)

 ☆東京奠都の詔☆
(1868年 旧暦7月17日に出された詔)

<現代訳>

私(明治天皇)は政務を自ら裁決し、国民を安んずる。

江戸は東国第一の大都市で、天下の要所である。

この地に天皇が自ら臨み、統治すべきである。

よって今後、江戸を東京と称する。

これは、私が国全体を一家として東西を同一視するためである。

この意味を国民は理解して行動せよ。


♪大変興味深い内容に早朝から興奮気味です♪





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